おはこんばんにちは。MasaDoです。
今日は数年前まで苦しんでいた、歌詞を解釈するときのマインドについて書きます。
こんな些細なことで苦しんでいる人など僕以外にほぼいないと思いますが、そのごく少数の心のモヤモヤを晴らすことが出来れば幸いです。
『ルマ』に苦しめられた高3の僕
時は2020年。僕は高校3年生で、受験生活の真っ只中にいました。そんな中でもYouTubeを見ることは自制できなかったので、普通に見ていました。そしてあなたへのおすすめで見かけたのがこれ。
かいりきベア氏のボカロ曲『ルマ』に、ダイハツムーブのCMの素材を合わせたMAD動画。MADとしてのクオリティが高いのでこれはギリ観れましたが、最後の「正解なんて無い無い提唱」で原曲の思想の方向性を無意識に推測し、病みかけました。
あ、これ僕が苦手なタイプのボカロだ...
あれだろ、何しても不正解だから生きても無駄とか言ってすぐ死にたがるタイプの病みボカロだろ...
しかも簡単にポジティブな反論ができないレベルの説得力してるやつだ...
そこまで言ってないだろ、と思った皆さん。
そうなんです。
そこまで言っていないんです。
僕の方がおかしいんです。
「正解はない」=「全てが不正解」とは限らない
僕が病んだ原因としては、「正解なんて無い」という言葉の意味を「全てが不正解」と捉えて疑わなかったことにあります。
「正解なんて無いから、正解に固執せず気楽にやるといいよ」みたいな、ポジティブな使い方があることをなぜ思い出せなかったのでしょうか。いや、正確には思い出したうえで「この文脈じゃ絶対に違う」と決めつけていたのかもしれません。
歌詞ぐらいは自分の都合のいいように捉えよう
結局、ルマの歌詞に出てくる「正解なんて無い無い提唱」が、「全てが不正解」「ひとつの正解が決まっているわけではない」のどちらの意味で使われているかは分かりませんが、僕は後者で捉えることにしました。その方が僕の思想と合うので。
音楽は娯楽ですから、自分にとって一番都合が良くなる捉え方をすればいいのです。
別にそれが作曲者の意図しなかった捉え方だとしても、誰も咎めません。
まだ僕も実践し始めなのですが、これが完全にできれば病まずに聴ける曲がだいぶ増える気がするのです。ただしゼロにはなりません。どういう捉え方をしても自分好みにならない曲は、残念ながらあります。
どう足掻いても都合よく捉えられない場合
都合よく捉えられない歌は、自分への苦言として頭にモヤモヤ残り続けます。
そういったときに「じゃあ聴かなきゃいいじゃん」と声をかけることが、全く効果がないということは、経験者なのでよく分かります。
そういったときは、「嫌いな曲の存在を忘れるまで、好きな曲を聴け」と声をかけるのがよりよいと思います。
ただしこのとき、決まった曲や決まった再生リストを聴いたりするのはやめた方が良いです。なぜなら、その曲や再生リストが「嫌いな曲を忘れるためのもの」として認識されるようになってしまい、その好きな曲や再生リストを聴くだけで嫌いな曲の存在を意識してしまう、いわば「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」状態になってしまうからです。
できるだけランダムに好きな曲を聴きましょう。
まとめ
- 「正解なんて無い」はポジティブな意味の場合も普通にある
- 自分にとって一番都合がよくなる歌詞の捉え方をしよう
- 嫌いな曲の存在を忘れるまで、好きな曲を聴け(ただしランダムに)
以上です。それでは、自分だけの捉え方で素敵なマルチメディアライフを送りましょう。
捉え方に正解は無いのですから。